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Escrito por Tomoko Ikeda del ITT

Sr. Japón y Hasekura san

Japón さんと支倉さん

〜 日本とスペイン400年の時と海を超えた出会い 〜

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スペイン語翻訳通訳

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Japónさん、旭日中綬章を受賞
(2016年11月03日)

2016年秋の叙勲受章者が発表された
在外邦人の枠では3人のスペイン人が「旭日中綬章」を受賞したが、その中にとても嬉しい名前を見つけた

フアン・マヌエル・スアレス・ハポンさん
アンダルシア国際大学の元学長で、現在は日本スペイン支倉協会
[Asociación Hispano-Japonesa HASEKURA]の副会長として、ハポン姓の存在を伝える活動をしている方だ
昨年の秋に来日され、在東京スペイン大使館にて講演をされたほか、仙台や石巻など支倉常長ゆかりの地を訪れ、現地の人々と交流をされている
私も東京でお会いすることができ、その後も連絡を取り合っている (スアレスさん日本訪問の記事は「Japónさん来日緊急レポート」をご覧ください)
コリア・デル・リオにある日本スペイン支倉協会の皆さんは、日本との交流を深めるため、現地で、日本で、さまざまなイベントや日本文化の体験などを開催している。同協会の会長であるフアン・フランシスコ・ハポンさんは、スアレスさんの甥っ子で、今年の夏に広島に千羽鶴を届けるため来日された (その時の様子はこちらは参照下さい)
スアレスさんは、こうした活動のほか、コラムニストとしてスペインの新聞などでハポン姓に関する記事を書いたり、本の出版もしている
今回の受賞を大変喜んでおり、同時にコリア・デル・リオのハポン姓のみなさんへ感謝の気持ちを表している。その中で、強く印象に残った言葉があったので、紹 介したい
“Inevitablemente pienso en Virginio Carvajal Japón, mi primo, con quien todo empezó, a quien también el gobierno japonés condecoró aunque, por desgracia, se le entregara tal distinción ya a título póstumo.”

故ビルヒニオ・カルバハル・ハポンさんへの想いが綴られた言葉だ
スアレスさんのいとこであり、日本スペイン支倉協会の創設者・初代会長を務めた方で、この連載で何度も登場している、あのビルヒニオさんだ

実は私もスアレスさんの受賞を知ったとき、ビルヒニオさんの顔が思い浮かんだ。ビルヒニオさんは、ハポン姓のルーツを探るため、日本とスペインの歴史や慶長遣欧使節について熱心に研究をし、日本を何度も訪れ、「ハポン姓」という存在を広めた人だ。そして、私がコリア・デル・リオで初めて出会ったハポンさんでもある。私のように、ハポンさんを探しに行った日本人を温かく迎え、町中を案内して下さった。コリア・デル・リオでビルヒニオさんにお世話になった日本人はたくさんいるはずだ

日本とスペインが交流400周年を迎えた2013年には、来日し記念式典に参加する予定だったが、残念ながら2005年に亡くなられ、その願いは叶うことはなかった
ビルヒニオさん亡き後は、スアレスさんや甥っ子のフアンさんが彼の遺志を継ぎ、ハポン姓を広めるため、祖国日本への想いを伝えるため、ますます活発な取り組みを行っている

すべてのきっかけを作ったのはビルヒニオさんだった
きっと天国でスアレスさんの今回の受賞を喜んでいるに違いない
スアレスさん、本当におめでとうございます
そして、天国のビルヒニオさん、あなたの想いが確実に形になっていますよ